2010年03月09日(火)
千日願を行ず [いのちの言葉]

今年の信行テーマにもなっている「千日願」が、掛け声だけになっていないだろうか‥。教会がそれに、どう応えているのだろうか‥。いま、「ル・ポン」の裏表紙に連載されている「2013年の君へ」というページは、わかばたちが順番に寄稿しているが、2013年は「お道開き50年」のお年柄であることをご存知の方が、どれほどおられるのだろうか‥。
Posted
by 三宅美智雄
at 10時29分
パーマリンク
トラックバック ( 0 )
コメント ( 0 )
2010年03月08日(月)
いま、問われているもの [いのちの言葉]

明治9年6月24日に、
一つ、金光大神、人が小便放りかけてもこらえておれい。神が洗うてやる。人がなんと言うても、こらえておれい。天地の道つぶれとる。道を開き、何渋な氏子助かることを教え。日天四、月天四、金神をどうなりともしてみい、と申しておれい。
Posted
by 三宅美智雄
at 18時02分
パーマリンク
トラックバック ( 0 )
コメント ( 0 )
2010年03月07日(日)
日曜の祈り・写教会 [おひろまえ]
寒い雨の降る今日、午前10時より、お広前において「日曜の祈り」が行なわれ、その後、写教会を開き、立教神伝写教に取り組んだ。
女子部有志により、お広前の雛壇飾りを片付けた。
Posted
by 三宅美智雄
at 18時03分
パーマリンク
トラックバック ( 0 )
コメント ( 0 )
2010年03月06日(土)
力は、地から・地から [いのちの言葉]

自分の道開きの歴史を振り返ってみて、決して平らな道ではなかった。あるとき、師匠からも「無茶なお願いするなよ」と言われたことがあった。それほど、「死に物狂い」だった。今にして思うと、自分でも理解できないが、ご神前に出刃包丁を置いていたことがあった。家内が心配して、母に電話で相談したらしい。母から電話があって「出刃包丁を片付けなさい」と、厳重な注意をいただいたことがあった。
Posted
by 三宅美智雄
at 14時34分
パーマリンク
トラックバック ( 0 )
コメント ( 0 )
2010年03月05日(金)
限りない進展 [いのちの言葉]

この世に生を享けるということは、自分の考えではない。なにもかも「与えられる」のである。そして、だれもが死んでいく。好むと好まざるにかかわらず、人間は死んでいく。これも自分の「いのち」でありながら、自分の思うとおりにはならない。与えられる「いのち」である、死んでいくのも「死なせていただく」のである。
Posted
by 三宅美智雄
at 16時33分
パーマリンク
トラックバック ( 0 )
コメント ( 0 )
【 過去の記事へ 】




