花金(はなきん)
[いのちの言葉]

今朝、ある若い人が参拝して、「今日ははなきんです。」と言いますから、これはまた「新語かな?」と思い、「何、それ?」と聞きましたら、「親先生ははなきんを知らないのですか?」と、心のうちでは「ボケ老人」扱いのような顔をしました。
「日本語かい?」と言う私に、その若者は「明日は土曜日、続いて日曜日とお休みが続きますので、今日は”花の金曜日”です。それを”はなきん”といって、われわれサラリーマンは、毎週金曜日になると、帰りに居酒屋で一杯やるのが楽しみなんですよ」と、楽しそうに言います。
入社して、まだ三年目の平社員だから、月曜から金曜まで働くのがたいへんということは分かるのですが、「仕事」をどうとらえているのか‥、私は、その若者に尋ねました。「君は、毎日の仕事をどう考えているの? いつも言うように、仕事は御用として取り組みなさい」と申しました。
彼は「それは、よく分かっていますが、仕事のたいへんさもさることながら、上司から叱られ、得意先から文句を言われて、実際は仕事が御用なんて、とても考えられません」と、正直に答えました。
「仕事に、たいへんでないことなんかあるわけがない。たいへんなのは、君ばかりではない。世の中の人はみな、たいへんななかをがんばっているのです。」と、ちょっと耳の痛いことを申しました。
「仕事は”するもの””やらされるもの”であっては、負担感だけが残ります。”させていただくもの”だと思うのです。神さまが”させてくださる”のが、仕事です。だから、君が出勤前に、こうしてお参りしているんじゃないの? 私は毎日、御用をさせてもらっているが、決して楽なことではない。しんどいと言えばこれほどしんどいことはない。だが、御用というのは、させていただくものであって、自分がする、やっている、してやっているというものではないのです。」と、言い聞かせました。
その青年の口から、思いも及ばぬ言葉が返ってきました。「親先生、金光教ですから、一年365日みな”はなきん”ということになりますね」と‥。それを聞いて、私はほんとうに驚きました。いまどきの若者だから、きっと私の申すことを理解できないだろうと思っていたのに、彼が新しい展開を見せてくれたことに、ほんとうに驚きました。
「金光る」(きんひかる)というお道ですから、年中「はなきん」だと言う彼の信心の展開に、私自身が教えられました。今月今日「はなきん」であることを彼に教えられた私は、いつもと違う金曜日を迎えることができました。
Posted by 教会長(三宅美智雄) at 11時02分 パーマリンク コメント ( 0 )
思いわけ
[いのちの言葉]
文治(金光大神)は、嘉永3年(1850)5月13日、母屋建築中、次男(槙右衛門)を亡くし、三男(延治郎=金吉)、四男(茂平=萩雄)が相次いでほうそう(天然痘)を患う。文治は、ほうそう除けの神事を神主に依頼し、幸いに二人は助かった。その礼に神主に手厚いお礼をした。神主たちは「なんと思いわけのよい人だ」と感心した。
これは次男の死の悲しみを受け止めながら、二人の子どもが助かったことに目をむけ、前向きに生きていく文治の姿を認めたものである。
また同年7月18日、飼い牛が急死したとき、義弟・参作に「牛が死んだとてどうにもならない」と答え、「これから帰って、牛を見るのもかわいそうだ。それよりも必要なことを済ませよう」と、思いわけをした。
「思いわけ」は、あの地方(大谷村)の方言で、「あきらめる」の意であるが、教典では、「見込みがないと断念することではなく、直面する苦難にうろたえず、現実を冷静に受け入れ、心の持ちようを変えていくという意味で用いられている。
したがって、文治の受け止め方は「思いわけ」を単に「あきらめる」という意味でなく、そこから「新しい展開」として、前向きに受け止めたのである。
われわれも生きているなかで、さまざまなことに直面するが、そこで「あわてたり」「迷ったり」「うろたえたり」「あきらめたり」してしまうことが多い。現実から目をそらすことなく、現実を直視し、前向きに生きることが大切である。
Posted by 教会長(三宅美智雄) at 16時59分 パーマリンク コメント ( 0 )
結界取次の座
[いのちの言葉]
『金光大神御覚書』に、明治6年3月24日のお知らせがあります。それが、ここに掲げたお知らせです。分かり難いので、「読み下し」文をも併せて記します。
『一つ、二十四日仰せつけられ。今までは広前へ向き。今日より、金光大神、表口へ向き。日月縁日。天地乃神ひれい。散銭びつ、上へ出し。』
(口語訳 一つ、同じ月の二十四日に、神さまが、『金光大神よ、今までは神前に向いて座っていたが、今日からは南を向いて、神前に対しては横向きに座れ。今日は、日天子と月天子の縁日である。天地乃神の威徳が輝くぞ。賽銭箱を上の間へ置くようにせよ』と仰せつけられました。)
この年(明治6年)、正月早々に「神前撤去」ということになり、ご自身も、その様子を「荒れの亡所に相成り」(荒れ果てた空き家のようになった)と記されています。そのご心境を推察申し上げるとき、胸が締め付けられるようです。そして、およそ一ヶ月間、ひたすらに神さまと向き合って祈念を凝らされました。
この一ヶ月間のご修行があってこそ、あの「天地書附」が生まれ、さらに、この「お知らせ」のような「結界取次」の座が決定したのです。それまでは参拝してきた人と共に神さまのほうに向いてお座りになってご祈念され、神さまのお言葉を伝えられていたのが、この「お知らせ」によって、現在の取次の座が決まったのです。すなわち、「ご祈祷信心」から「取次助ける信心」へと、質が変わってきたのです。
それまでの「一方的な祈念祈祷」から、難儀と向き合い、神さまの願いと向き合って「助ける」という、かつてなかった道が開かれたといえるでしょう。だから「きれいずくのない」(きれいごとのない)場というか「くぼいところ」(凹いところ、難儀も神恵みも寄り集まってくるところ)という「結界」が生まれたのです。
しかも、この日(3月24日)が、奇しくも「日天子・月天子の祭日」であったことにも注目しなければなりません。私の師匠は「祭典日は、吉祥日(きっしょび)である」と教えられ、神さまが、おかげを授けてくださる日であると、常に申されていました。
ですから、この「お知らせ」にも、『天地乃神ひれい』とありますように、いわば「八方ふさがり」の状況のなかで「人が助かっていく」道が開かれたのは、まさに「神ひれい」(神のご威徳)であると告げられたのです。
私は、このように当時、金光大神さまが、どういう状況下で
あられたかをしっかりと確かめた上で、この「お知らせ」を拝読しなければならないと思います。
Posted by 教会長(三宅美智雄) at 15時20分 パーマリンク コメント ( 0 )
信心生活の質を改める
[いのちの言葉]

天地大祭 御用人へのご教話
昨日、中国南西部に大地震が起こり、死者8000人を超える被害が出たと報じられています。つい先日、ミャンマー(ビルマ)にサイクロンが襲い、大きな被害を出したところに、この大地震の被害が出て、「今日は人事、明日はわが事」と思わずにはいられませんでした。
そういうと、日本は地震大国であり、一、二ヶ月の間に方々で地震が起こっています。東京に直下型の大地震が「いつ起きてもおかしくない」と言われているが、どれほど危険を感じているかと言えば、まだ「他人事」と思っている人が少なくないように思います。
むろん、取り越し苦労をして過剰な心配をして、不安に思うことはないのですが、私たちは万事にお守りをいただくおかげをこうむるよう、常日頃のお祈りが大切であります。
地震に限らず、不意事不意難、火難盗難、交通事故などから護っていただくには、どうすればいいのか。それは常日頃の生活の仕方が問題であります。天地のお護りをいただいて、何事もなく過ごしていると、つい、それが「当たり前」のように思ってしまうのが人間の常であります。
私は、その生活の質を改まっていくことが大事であると思います。「恵まれてこそ、われあり」ということを忘れてしまって「わしが、わしが」と、なにもかも自分がしているように思い込んでいるところがありませんか。
一昨日の天地大祭にも参拝しなかった人がいて、昨日、ある方にその人を訪問してもらいましたら、「用事があって行けなかった」ということでした。訪問した人が「開いた口がふさがらなかった」とこぼしていました。
いつも「万事にお繰り合わせをいただいくこと」がいると申しているのは、参拝でも「わしが参拝する」というのではなく、神さまに万事の「お繰り合わせ」のおかげをお願いしてこそ「お引き寄せ」のおかげを受けることができるのです。
「お繰り合わせ」のお願いもせずに「お繰り合わせ」のおかげがいただけるはずがありません。「用事」があっても、神さまに繰り合わせていただくのです。
なにも「用事」を棄ててお参りせよと言っているのではないのです。そこのところを分かってもらう‥それが、私が謂う「生活の質を改める」という点なのです。自分の不行き届きを「言い訳」するようでは、信心の根が枯れてしまいます。
Posted by 教会長(三宅美智雄) at 09時53分 パーマリンク コメント ( 0 )
祭具拭き奉仕
[おひろまえ]
午前10時より、昨日の天地大祭に用いられた祭具を拭き、片付ける奉仕が行われた。
Posted by 教会長(三宅美智雄) at 12時23分 パーマリンク コメント ( 0 )
天地大祭
[おひろまえ]

午前中は、冷たい雨が降っていたが、午後からは雨も止み、午後1時30分、天地大祭が仕えられた。奏楽のなか、祭主・親先生をはじめ、祭員が参向。泉尾教会から善信総長先生と随行の役員が参拝された。
親先生は「祈りの言葉」のなかで、お道開き四十五年のお年柄に迎えた天地大祭をお礼申し上げ、参拝者一同が天地の親神さまの思し召しをいただいて、さらにおかげをこうむっていくようにとご大祭の願いを表明された。
祭員退下の後、吉備舞が奉納され、若先生が「天地神伝」を先唱され、一同揃って奉唱した。そして引き続き、親先生のご教話をいただいた。
Posted by 教会長(三宅美智雄) at 17時18分 パーマリンク コメント ( 0 )
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