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金光教常盤台教会

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こんこうきょうときわだいきょうかい

金光教常盤台教会

こんこうきょうときわだいきょうかい

昭和38(1963)年に東京都板橋区常盤台の地に道開きする。

二代教会長は三宅道人。

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2010年03月02日(火)

神さまとのパイプ [いのちの言葉]

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 あなたの入信の動機は? 親の代からの「二代目信心」という人もあり、病気全快を願ってという人もあり、家庭不和が元でという人もあり、おみちびきをされて、お参りしたという人もあって、人それぞれでしょう。

 神前拝詞に「神縁まことに不思議にして 今この道に出で会うを得たり」とありますように、動機はいろいろでしょうが、総じて「不思議なご神縁」によって、お道の信心に出会うことができたのです。すなわち、「神さまのお計らい」によって、引き寄せていただいたのです。

 一人ひとりの信者と私との出会いも、まさに「神縁まことに不思議にして」としか言いようのないほどのところがあります。ご神縁とは、血のつながりを超えたもので、口で説明ができないほどの、人智を超えた「縁」であります。

 『神の綱が切れたというが、神は切らぬ。氏子から切るな。』(金光大神御理解 17)とも、『信心しても、氏子から暇を取る者があるが、三度まではわびて来れば許す。しかし、神は暇を出さぬが、氏子から暇を取るなよ。神に暇を出されたならば、どのくらいわびたとて、もとへ返りはせぬぞよ。』(近藤藤守の伝え)とあるように、神さまとのご縁を常に確かなものにしていくことが大事です。

 『信心は相縁奇縁』(市村光五郎の伝え)と仰せられています。神さまと私どもの関係のみならず、一切の事柄との出会いは、まさに神さまのお計らいによるものであると教えられています。

 天地という限りない「水源地」と私たちとの間にはご神縁という名のパイプが繋がっています。一概にパイプといっても、太い細いの違いもあり、強い弱いの相違もあります。

 信心して「今月今日で一心に願え」ば、いつでも、どこでも、どんなことでも、おかげになるのです。水道の栓を捻りさえすれば、思うように、おかげという水が出てきます。しかも、尽きることがないのです。なぜならば、無限の「水源地」と繋がっているからです。

 「信心しても、おかげがない」と言う声を聞きます。「いくら栓を捻っても水が出てこない」ということでしょう。果たして、その水道のカランは水源地にちゃんと繋がっていますか? パイプが腐ってしまってはいませんか? 「信心しているのに‥」と言うが、パイプが繋がっていないのでは、いくら無限の水源地があっても水は出てはきません。

 多くの水を使うには、当然太いパイプに切り替える必要があります。大きいおかげをいただくには、神さまと自分の繋がりを太く強くしていかねばなりません。信心が進めば進むほど、神さまとの間を繋ぐ願いと改まりを、より強固なものにさせていただくことがいります。

 『神は昼夜も遠きも近きも問わざるものぞ。頼む心にへだてなく祈れ。』(「道教えの大綱」)とありますように、神さまと自分との間には一切の人間考えを捨てて「隔てのない心」を磨いていくことが大切です。そこをさらに求めていくと「真一心」ということになります。

 「生神金光大神さま、あなたと共に。天地金乃神さま、あなたと共に。」という生き方を日に日に新たにしていくことが、真の信心であります。途切れなき祈りの世界に生きる信心を進めていきましょう。そこには理屈は無用です。ただただ神さまを信じて、神さまの限りないお計らいのなかに生きることです。

Posted by 三宅美智雄 at 15時22分   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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