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金光教常盤台教会

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こんこうきょうときわだいきょうかい

金光教常盤台教会

こんこうきょうときわだいきょうかい

昭和38(1963)年に東京都板橋区常盤台の地に道開きする。

二代教会長は三宅道人。

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2010年03月06日(土)

力は、地から・地から [いのちの言葉]

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 自分の道開きの歴史を振り返ってみて、決して平らな道ではなかった。あるとき、師匠からも「無茶なお願いするなよ」と言われたことがあった。それほど、「死に物狂い」だった。今にして思うと、自分でも理解できないが、ご神前に出刃包丁を置いていたことがあった。家内が心配して、母に電話で相談したらしい。母から電話があって「出刃包丁を片付けなさい」と、厳重な注意をいただいたことがあった。

 それは、なんのために置いてあったのか‥。それが分からない。その当時の日記帳を見てみると、「おかげをくれないのなら死んでやる」というようなことが書いてある。神さまと刺し違えて、死ぬ気だったのではないか‥。師匠にご注意を受けたように、実際に私の願いは「無茶苦茶」だった。どうでもこうでも助けてもらいたいという一心だった。

 大地にひれ伏し、大地にしがみついて、涙も枯れるほど泣き、大声で「神さま!神さま!」と呼んだ‥。大祓詞をあげる声も嗄れた‥。三日間、飲まず食わず、寝ずにご神前に座り込んだ。家内が私の体を心配して、「ちょっと、おは入りください」と言いに来たが、答える元気も出ないほどであった。

 四日目の昼ごろ、その信者がフラリとやってきた。私はお結界の座に座って、その人に「どうなった?」と訊くと、その人は「先生、信心って有り難いもんですなぁ。お願いした翌日の夜遅く、金繰りができ、大きなおかげをいただきました。夜も遅かったので、まあ翌朝、先生に報告しようと思っていたら、その朝早く、得意先から、慰安旅行にキャンセルができたから、行かないかと誘われて、これもおかげと思い、温泉旅行をして、さきほど無事に帰ってきました」と言うのを聞いていて、私は全身の力が抜けたように思うと同時に、「神さまは、私の言うことを聞いてくださった」という感激で、その人の顔が見えないほど、泣きました。

 「もし、おかげにならなかったら、死んでしまおう」とまで思っていた私は、神さまのお思いに口が利けないほど感激した。そのとき、「力は地から」ということを悟らせていただいた。また「力は血から」とも思わせられた。神さまのお力を受けるのは、地べたにひれ伏し、血の涙のでるほどのところを通らせていただくことがいると思わせられた。

 水に溺れている人を助けるには、自分に泳ぐ力がなければ助けられない。道に迷っている人を助けるには、自分が道を知っていなければ、助けようにも助けられない。人の難儀を助けるのは、どうすればいいのか‥。

 それには理屈ぬきで「血から」「地から」を神さまに授けていただかねばならない。腕力、財力、知力でもない、強いて言えば「無力の力」をいただかねばならない。叩かれ、踏みつけられ、バカにされて、そこで「根」に力をいただける、信心力をいただくことが第一である。それを「徳」と呼んでもいい。体力、財力、知力には限界がある。しかし、「徳力」は、無限、無尽蔵である。「神は向こう倍力の徳を授ける」と仰せられているとおりである。

Posted by 三宅美智雄 at 14時34分   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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