世界助け祈りの旅
教会長 三宅美智雄
水上市場・動物園・ローズガーデン・帰国 【4】
[第44回 世界助け祈りの旅]
<水上市場・動物園・ローズガーデン>
22日 午前5時、起床。シャワー、荷物整理。7時、朝食。6時55分、ホテル出発。
水上市場へ。汚い船で汚い川を行く。ガイドブックにはバンコクの必見ポイントとあるが、「来てみれば、何のことなし…」である。10時、動物園へ。象とワニ園へ。暑いなかを歩く。ワニのレスリングを15分ほど見物。
続いてローズガーデンへ。高い入場料。大きい見せ物小屋で、いわばタイ文化ショーである。タイダンス、キックボクシングなど、多彩なプログラム。外へ出て、象のパフォーマンス。芸達者の象が可哀想であった。動物虐待だ。
さらに王宮へ。街の貧民街と比べてみると、たいへんな差別である。この貧富の差をどう教えているのか。タイは、王室が最高の権威でもあるという。日本の天皇家とは雲泥の差である。
<帰国>
タイ料理屋で夕食。途中で停電。しかし、向こうの人らは、「その時、少しも慌てず」である。文化の違いを痛感する。7時、空港へ。8時、チェックイン。サクララウンジでゆっくりと体を休める。
10時、機へ入る。何とラッキー。アップグレードで、ビジネスクラス、赤川さんも。食後、少し寝る。あと15分で成田。
日本時刻では23日の午前5時20分。太陽の光が眩しい。東京は17゜Cという。35゜Cのバンコク。真夏から秋への変化についていけるのか。定刻に成田着。
7時45分、NEXで新宿へ。9時35分、池袋着。10時、お広前に帰着。お礼ご祈念。
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執行委員会・夕食会 【3】
[第44回 世界助け祈りの旅]
21日 午前5時、起床。シャワー、洗髪。ご祈念。7時、道人と朝食。
<執行委員会>
第2日目。冒頭に財務委員会報告をする。私の三つの提案が賛成多数で可決。ACRPの有史以来の改革と、自画自賛。
バンコク・ステートメントの審議。飯坂教授の独壇場。中国・台湾イッシューは、上辺だけの外交辞令では根本的解決にはほど遠い。
青年教育プログラム、これは青年部会を軽視し、無視するものだ。道人、大いに怒る。飯坂教授と事務局の怠慢と青年部会軽視の証しなり。
インド・パキスタン問題、議論百出だが、表層的、形式論的な言葉遊びでは、何の効果もない。インド・パキスタンとも自己弁護と相手の非難攻撃に終始し、「聞く耳」が双方ともなし。
ステートメント審議。飯坂ペースというか、飯坂方式で進める。文句言わさぬというやり方である。まあ、全体的に無関心だから仕方なし。
道人が提案したユース(青年部会)の憲章案も素通りである。いいのか。道人が激怒するのも当然だ。
午後2時、記念写真。3時、バスで街へ。途中、道人らと共にワールド・トレード・センターへ。何もかもが高い。5時20分、ホテルへ。
<夕食会>
6時、バスで夕食会場へ。川に船を浮かべた会場。7時、船が出る。出発の時、少し降雨。バイキングのタイ料理。マンゴスチンは美味しかった。各国委員の歌や踊りで盛り上がる。船長の話好き。タイ委員の女性の子ども、悪さ。親の管理悪し。料理は中華の出来損ないのようなもの。食べられるものはなし。
9時、陸へ上がる。バスでホテルへ。10時30分、部屋へ。このホテルの女性マネージャー(日本人)の勧めで近所のタイ式マッサージの店へ。一時間半で300バーツ(1,200円)。丁寧に足のマッサージ、肩ももんでくれる。チップ、50バーツ。12時、部屋へ。就寝。
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執行委員会・財務委員会 【2】
[第44回 世界助け祈りの旅]
<執行委員会>
20日 午前5時、起床。シャワー、ご祈念。7時、道人と共に朝食。青年部会も順調という。
8時50分、執行委員会。飯坂先生、大張り切り。カーン氏(パキスタン)がプレジデントだが力なく、なかなかまとまらない。特に金の問題が進まない。創設以来の問題であり、ACRPの「癌」である。
日本依存体質がACRPを腐らせてしまったというと過言か。抜本的な改革がいる。道人が時々発言する。ポイントを衝いている。ずいぶん成長してきた。
昼食。午後2時、再開。インド・パキスタン問題、話し合うがまとまらない。北朝鮮イッシュが上程される。イナムラ・カーンの息子らが200ドルを寄付する。しかし、全体としては冷ややかである。日本も、ここは「日和見」主義でいく。
4時、いったん休憩。声明文のドラフトのため。部屋に戻り、休憩。
<財務委員会>
5時30分、財務委員会。
私の提案で、会費改正(一口10ドル)、寄付金、コミッションのための献金などについて討議、採択される。
日本の場合、会費500,000円、献金5,000,000円、コミッション献金500,000円ということにする。
6時、バスで夕食会場へ。世界最大のレストランというふれこみ。中華料理。W杯の中継をしている。クロアチア戦、1対0で負ける。9時30分、ホテルへ戻る。日曜日の夜、空しいことである。ACRPという平和遊びに飽きる。10時30分、就寝。
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出発・バンコク 【1】
[第44回 世界助け祈りの旅]
第44回は、平成10年(1998)6月19日出発、同月23日帰国。
<出発>
6月19日 午前5時50分、教会出発。NEXで成田へ。8時15分、チェックイン。朝食。11時、機へ入る。11時12分、テイクオフ。時差2時間バック。
<バンコク>
午後3時20分、予定より早くバンコク到着。ブルーバード・アマリ・ホテルへ。バンコクは高温多湿。ホテルは街の中心部にある。
4時20分、事務局打合会。7時、飯坂教授、私、佼成会の南さん、事務局の小宮山、鈴木、赤川で夕食。7時20分、部屋に戻る。道人が来る。10時、就寝。
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夕食会・帰国 【5】
[第43回 世界助け祈りの旅]
<夕食会>
8時40分、ホテル出発。夕食会へ。
大きいホテルの前庭でインド料理のバイキング。アラム夫人、アリアラトネさんなどと同じテーブルなので、応対するのに精一杯である。
「よいしょ」のベンドレイに「英語のスピーチがよかった」と持ち上げられ、まんざらでもない自分が哀しい。長沼先生まで「三宅先生の英語のスピーチを聴いたのは初めて…」と言われる。汗顔の至り。10時、ホテルへ戻る。
<帰国>
15日 午前5時、起床。昨夜は熟睡のおかげをいただく。毎日便通のおかげもいただき、有り難し。7時20分、食堂でベンドレイ氏と遇う。「常設委員会」のことを語る。私が「消極派」だと決め込んでいるようだ。いろいろと気を遣う男である。
8時20分、ロビーで新聞に記事が出ているのを発見。アショカさんの言うには、昨夜のニュースにも出ていたという。チェックアウト。
9時20分、空港着。ビヌーさんも見送りに来る。19日にバンコクで再会を約束する。長沼先生も同じ飛行機。10時、テイクオフ。ボンベイへ。11時35分、ボンベイ着。外は雨。バスターミナルまで徒歩、5分。
午後1時45分、ムンバイ(ボンベイ)発。午後2時30分、食事。3時25分、デリー着。長沼先生はデリーで一泊とのこと。別れて、バスで国際線出発ロビーへ。乗客は私一人、途中で給油する。のんきなものだ。デリーは酷暑。でも、バスの運転手は「あなたはラッキーだ。今日は35゜Cしかない」と言う。普通なら40゜Cという。4時30分、チェックイン。新しいラウンジで休憩。7時、機に入る。薄暮のデリー、美しい夕焼け。
7時35分、テイクオフ。タイ・タイム1時間半の時差。少し休む。12時30分、バンコク近しと起こされる。インド4泊5日の一人旅、しかも炎暑の中の強行軍、ようもようもお守りをいただいたことよ。
往復ともビジネスクラスは、ちょっと贅沢かと思ったが、ずいぶん疲れが違う。しかし、いろいろな意味で年齢を感じさせられる。世界助け祈りの旅も、今回が最後か‥。年をとって海外への一人旅は限界だ。
12時45分、バンコク着。いったん、ラウンジへ。午後1時、機に戻る。日本時刻、タイと時差2時間。
4時、テイクオフ。真夜中の空を飛ぶ。約4時間寝る。9時35分、成田着。通関簡単。11時、教会に帰着。何というか、綱渡り的というか、氷上の舞踊とでもいうか、の旅であった。万事に守られてこその旅であった。
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ヒンヅー教寺院に参拝・追悼式典 【4】
[第43回 世界助け祈りの旅]
<ヒンドゥ教寺院に参拝>
14日 午前5時、起床。洗濯、ご祈念。朝食。9時、ロビーでアラムさんを待つ。自動車でヒンドゥ教の古い大きい寺院に行く。
シバ神を祀るお寺。門前市をなす。物乞いもあり、雑然としている。入り口で靴を脱がされる。生花のレイを掛けられる。ワイシャツにシミをつけられる。
寺院内は、裸足で移動。入り口で象がいて、お供えすると祝福してくれる。鼻で頭を触る。実に気持ち悪い。
シバ神は繁栄と破壊の神という。日本でいえば「金神」か。石造りの寺の内陣へ特別に案内される。そこで、おでこに赤や白のものを塗られる。これまた心地悪し。外国人が日本に来ても、同様の感じを持つことがあると思う。文化の違い、価値観の差異、これはどうしようもない。
10時、ホテルへ戻る。裸になってシャワー。やっと人心地がつく。インドに来るごとにカルチャーショックを受ける。
<追悼式典>
昼食、長沼先生にご馳走になる。午後3時、自室の大きい鏡の前で、一人で祭服を着ける。3時30分、出発。市民ホールへ。すでに50人くらいが集まっている。壇上に並ぶ。ベンドレイ、アラム夫人、国会議員、長沼先生、私が並ぶ。
ビヌーさんが司会。開会の辞はアリヤラトネ氏(スリランカ)。次ぎにスライドショー。解説は息子のアショカさん。
スライドショーは、アラム博士の一代記。泉尾教会(花の万博の写真)“Shinto temple in Osaka”という説明。庭野平和賞授賞式の写真には、庭野開祖と共に私も大きく写っている。
佼成会会長のメッセージを長沼先生が代読。通訳は川村さん。オドオドしてお気の毒。次ぎにベンドレイ氏、いきなり「シャローム、シャローム」と言う。つかみはOK。
続いて私の番が回ってくる。当初は日本語でして、アショカさんに通訳をしてもらおうかと思っていたが、ちょっと冒険だったが、英語でやる。まあまあの出来。自画自賛なり。
終わったのが、7時20分、何と3時間になんなんとする「おしゃべり」会だった。それにしても聴衆が熱心に聞いていることに感心する。インド人は長舌になれているのか。7時30分、ホテルへ戻る。部屋で祭服たたみ、荷物整理完璧。
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