三宅美智雄大人ご命日ー自覚された誕生

本日21日は、金光教常盤台教会初代教会長 三宅美智雄大人之霊神の月命日です。また、美智雄大人の岳父・田中藤吉大人之霊神の祥月命日でもあります。先代先生を偲び、「いのちの言葉」を掲載いたします。
ル・ポン366号掲載 いのちの言葉より「自覚された誕生-祈りに包まれているわたし」

三宅美智雄大人

祈りの便り

昭和四十六年(一九七一)、わが師(泉尾教会大恩師親先生)夫妻は、イラン国王(パーレビ国王)から招かれて外遊されました。旅先から「祈りの便り」をいただきました。それは私の誕生日を祝福されてのもので、そのお手紙の始めの部分を紹介します。

美智雄 人生は一度の誕生ではものにならぬ。二度三度の誕生によって初めてものになる。自覚された誕生こそ大事。
今日は十月十六日、お前の誕生日。ご神意の有難さを喜び、今日の再誕生を祈る。
あれは、私の布教五年(昭和七年)であった。御大祭(十月二十五日)に差し支えないようにと母(三宅音枝)が「せめて十日の間がほしい」と。そうすると十五日ということになる。十五日はキッショ日で忙しいから‥‥と、そんなら十六日よりない。どうしても十六日とお願いさしてもらうよりない。

十六日の朝ご祈念には、恒子もおかげをいただき、ご祈念後、うちらへ下がり、すぐにおかげをいただいた。
お取次が終わったころ、母がお結界に来て「思いのままのおかげをいただきました」とお届けをされた。私はご神前でお礼を申し、生まれたばかりのお前の顔を見て「神さまが生ませてくれた子」と、お礼申し上げた。
今、イランのホテルの部屋で、恒子とあの時のことを語り合っている。願い通りに二十五日のご大祭に恒子も御用がでけたことを語り合っている。(中略)

直ぐに玉水親教会にお参りして、大先生(玉水初代大先生・湯川安太郎師)にお礼を申し上げ、「名前を」とお願いしたが、二十日が親教会のご大祭であったので、なかなかいただけなんだが、ご大祭の後片付けで、御簾を替えていられるとき、大先生が「歳雄、お前も神さんにお願いしてるやろ。この紙に書いてみい」と言われた。そして、片付けが終わって、お結界で「これが、わしのいただいた名前や」と一枚の紙に書いた名を示され。「お前がいただいたのを見せてみよ」と言われて、差し出したら「有難いなぁ」とおっしゃってくださった。まさに大先生からの授産名と同じ名を神さまからいただいた。(後略)

第二、第三の誕生

私の三十九歳の誕生日を祝福された「祈りの便り」の中で、まず「人間は一度の誕生ではものにならぬ。二度三度によって初めてものになる。自覚された誕生こそ大事」と教えられています。あれから三十数年を経て、今は教えてくださった師も母も御霊さまになっておられるが、改めて思召しの深さをかみしめ直しています。

人生には飛び上がるほどの嬉しいこともあり、また耐え難い挫折を味わうこともあり、腸の煮えくり返るほどのことにも出遭います。ことの良し悪しは別として「こと」に出合って、新しいいのちを授かる、すなわち、第二、第三の誕生をさせていただくことは容易ではないが、ただ「よかった」「つらかった」というだけで終わるのでなく、一切の「こと」を転じて「誕生」となすことを教えられたのであります。
この手紙では、私の誕生と授産名のことを細やかに記され、どんなに両親と祖母に願われてのことか、いかに玉水教会初代大先生に祈られた私であるかを初めて分からせてもらいました。

師願継承

関東大震災記念日の今日、「東京助け祭」に相兼ねて、泉尾教会初代親先生五年報徳祭を仕え、師の御徳を称えると共に、賜っている願いの深さに気づき、そのご恩にお報い申し上げる心を定めて、新しい自分の誕生をご報告したいと思います。

私と共に皆さんも、今お願いされている事柄のおかげをこうむると同時に、「こと」を機に信心の誕生としていただき、「助け」一途の師願を継承させていただいてもらいたいと切に願っています。

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