東京助け祭 報徳祭

9月のお朔日を迎え、東京助け祭・報徳祭が教会長祭主のもと執り行われました。

東京助け祭 報徳祭

99年前の今日は、泉尾教会大恩師親先生・三宅歳雄大人が、「東京助け」を願われた日=常盤台教会お道開き発願の日であります。大正12(1927)年1月、玉水教会から銀座教会にお道開きに出られた湯川誠一大人ご夫妻のお伴をして、書生として上京された三宅歳雄大人は、その年の9月1日関東大震災に遭われました。阿鼻叫喚の巷帝都東京に身をおかれた歳雄大人は、「東京助け」を願われました。しかし、昭和2年1月叔父である恩師・玉水教会初代教会長 湯川安太郎大人の命を受けて、約10年間修行した玉水教会から泉尾教会長の御用に当たられました。

泉尾教会での御用を始められて40年後の昭和38(1963)年、三宅歳雄大人・三宅ツ子媛の次男・三宅美智雄大人は、師匠の「東京助け」の師願継承を常盤台教会お広前お道開きの御用で受け継ぎ顕されました。

常盤台教会では、毎年「東京助け祭」が仕えられ、お道開きの精神をいただき直すとともに併せて「報徳祭」では、三宅歳雄大人霊神・三宅ツ子媛霊神・三宅龍雄大人霊神・三宅美智雄大人はじめ、常盤台お道開き功労の御霊神さまのご遺徳をお称えしております。

来年は、お道開き60年の節年であり、「東京助け発願100年」であります。世助け・人助けの原点に立ち返る節目の年をあと、5ヶ月で迎えようとしております。「お道開き発願の日100年」へとつなげていく「師願継承」の御用に精進してまいりたいと存じます。と祭典後の教話でお話しになりました。

99年=百マイナス一=白…で、参拝者には「白」桃のお下がりがありました。

ル・ポン9月号

教会誌ル・ポン9月号が発行されました。今月の表紙は、銀座和光ビルです。

ル・ポン-表紙に寄せて

今月の表紙は、銀座和光ビルです。1881年(明治14)服部時計店(現セイコーホールディングス株式会社)が創業し、1894年(明治27)初代時計塔が完成。和光の前身である服部時計店の創業者・服部金太郎が、銀座4丁目交差点角地の朝野新聞社屋を買い取り、増改築の末に、1895年(明治28)年1月、服部時計店はこの新店舗で営業を開始しました。その後、建て替えが計画されたものの、 1923年(大正12)の関東大震災により建設を中断。工事が再開されたのは1929年(昭和4)になってからのことでした。
1932年(昭和7)二代目時計塔が竣工しましたが、1945年(昭和20)戦後、進駐軍によってP.X.(Post Exchange)として接収されました。P.X.=ポストエクスチェンジとは、軍隊内で飲食物・日用品などを売る店のことで、旧日本軍では「酒保」と呼ばれていました。和光ビルの他に、銀座では松屋デパートも接収されました。接収が解除されて営業を再開できたのは1952年12月8日のことでした。
1954年(昭和29)年6月10日「時の記念日」からは、ウエストミンスター式チャイムの音が鳴り響くようになりました。正時になる45秒前からウエストミンスター式チャイムが鳴り、その余韻の後に響く第1打が、今も銀座界隈に正時を知らせ続けています。2008年(平成20)には約300日間閉館し、建物の改装を行いました。
2012年(平成24)から毎年3月11日14時46分、東日本大震災の犠牲者を悼んで11回、その1分後に鐘を2回鳴らし、半旗を掲げています。
震災、戦争…と日本社会の遷り変わりと共に、時を告げてきた銀座のシンボル・現在の「和光の時計台」は、関東大震災99年目を迎えた午前11時58分、まもなく正午を告げようとしています。

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